リンダリンダリンダはけいおん!だ

日本映画専門チャンネルで「リンダ リンダ リンダ」をやっていた。
劇場に観に行った時には「けいおん!」はまだ無かった筈。これは原型だろう。

例えばスーパーマーケットへ買出しに行くシーン。同じようなシチュエーションがアニメ絵によって描かれているのが容易に脳内展開される。
だが決定的に違うのは、彼女たちの台詞の「捕えられ方」だ。
情景描写的に映された場面では彼女たちの台詞も情景の一部分として投げ渡される。だからこそ日常として受け止め得る。
しかしアニメとなると、いくら情景描写的に描いても「それを見せるためにわざわざ描かれている」のであり、台詞もその場面のためにわざわざ作られ発せられているのがどうしようもなく「わざとらしさ」を醸しだしてしまう。
あまりにも用意されたTVディナーだ。
実はアニメからは最も遠い、いちばん適さないものが「現代日常モノ」なのだ。
それが持て囃されると言うのは、アニメ自身がアニメーションを否定している気がするのだが…。

プリンセス・プリンセスから早20有余年。女の子ロックバンドが市場には枯渇していた。
売れるものならどんなものでも売る、それを支える欲望by浜田省吾

絵に描いた餅は食えないのだ。