V フォー ヴェンデッタ

spirit272006-05-12

虎は死して皮を残す。
1984』ぽい、と言うか、"キムの国"のメタファーのような世界観のロンドンで、シェイクスピア劇がかった台詞まわしの快傑ズバットを彷彿とさせる"V"がモンテ・クリスト伯爵風の復讐劇をする。
"V"は煽動する。恐怖政治の下に、"政府"に従順である事を無自覚に受け入れて来た市民達を。立ち上がらぬ、声を上げぬ事が罪であると。
"V"の素顔は一度も見えない。仮面だけが彼の顔だ。それはすべての人の顔。
人は死ぬ。だが真実は死なない。
…と、まあ、日本のアニメちっくな匂い漂うお題も、実際に俳優達が演じるとスラッと観られてしまうから不思議だ。やはり視覚に訴える情報量が格段に多いから「話」が後ろに回ってくれるのだろう。ナタリー・ポートマンアウシュビッツよろしく髪を丸坊主にされる場面も、それが実際に行われていると言う事実のインパクトが説得力を作り出してしまう。
しかし同じように"日本のアニメちっく"な「語りたい事」を盛り込んだ日本の実写映画は、何故かその「語りたい事」が前に出すぎていた気がする。それは台詞が日本語だったり、俳優が日本人だったからなのかもしれない。洋画は俳優と台詞が外国のものである時点で、無条件に"虚像"として存在し、その中の虚構がすんなりと受け入れられるのではないだろうか。
虚数×虚数=実数の理論はアニメに当て嵌められると思っていたが、非日常としては外国人・外国語の方がより身近だ。凌駕しても不思議ではない。
 
EDにいきなり「STREET FIGHTING MAN」が流れたのには驚いた。ちくしょう、カッコイイじゃねえか!