第一章 星に願いを

なんとか勢いつけて書き上げた。推敲はすべて書いてから。兎に角、「ああだこうだと思案する前に、やってみる!それでこそだ!」

 人が言葉を得て以来、いくつの物語が語られたのだろう。人が思うことを覚えて以来、どれだけの物語が生まれたのだろう。この宇宙に存在する星よりもその数は多いかもしれない。
 そのひとつひとつ、みな人の想いが込められている。壮大な叙事詩も路上の名も無き詩人が紡ぐ歌も、人の想いを綴っている。
 これから語るお話も、宇宙空間の彼方や人ならぬ者のことを扱っているけれど、人の想いの物語である。
 
 遙か昔、別の銀河に、思念の力が極度に発達を遂げた種族があった。各個の思念をネットワークで繋げた彼らは、ひとつの巨大な意志生命体でもあった。しかし全体の調和を保つため、抵抗要素となる『負の思念』を一カ所に隔離し続けた。やがてそれは『純粋な種の生存本能』に相対する『純粋な種の根絶本能』となってしまった。仮にこれを『ジェノサイド波動』と呼ぶ。
 このプラス因子とマイナス因子は互いに対消滅をもたらし、種族を絶滅に向かわせた。
 絶滅が免れぬとわかった時、ネットワークの『純粋な種の生存本能』を司る部分が非常措置を決断した。生まれたばかりの命とその守り役の思念を代用頭脳に写し、恒星間宇宙船に乗せ打ち出したのだ。どこか遠くの安全な所へ辿り着くようにと願って。
 だが『ジェノサイド波動』はそれを感知し、一機のプローブが後を追った。
 
 その夜の空は、天の川の星々がはっきりと見える程に澄み渡っていた。
 東京郊外の家の二階で、その天に横たう川を若い夫婦が見上げていた。
 足下の子猫が鳴いた時、プレアデス星団をふたつの流れ星が過ぎった。夫婦はハッと目を合わせ、そして祈った。
 「元気な子が生まれますように」
 命を宿した誰もが願う想いが、天に捧げられた。
 このふたつの流れ星こそ、遙かな時の隔たりを越え我々の太陽系に到達した宇宙船とプローブだったのである。どちらも大気圏に突入し、燃え始めた所だった。
 休むことなく働き続けた宇宙船の制御システムは、夫婦の強い思念波をキャッチした。
システムの代用頭脳は、この惑星の有機生命体が持つ思念波とは融合可能と瞬時に判断を下した。大気圏突入により損傷を受け初めていたので、安全策を選択し保存されていたふたつの思念を発信源へと転送した。
 だが、完全な同調が出来ておらず、生まれたばかりで保存された思念は芽生えたばかりの胎児の思念波動に引き寄せられ、同化し、深層部へと融合した。
 守り役の思念は、自分が生命体に転位した瞬間にその事実を認知した。そして己の状況の把握に努めた。視覚器官が二個の生命体を捕らえている。運動機能もあり、四肢を確認した。そして、体内が音を発するのに気付いた。
 「ニャアォォ…」
 その声に、婦人は子猫を抱き上げた。
 「マシュウ、お腹が空いたの?」
 マシュウ、それがこの生命体の識別呼称のようだ、と理解した。酷く情報処理能力の低い脳だ。あの形態の違うふたつの生命体が発する音が情報伝達手段なのだろうが、殆ど意味を感じ取れない。ただ、"マシュウ""お腹空いた"は明確にその音が指す意味を理解出来た。まあいい、これからひとつひとつ覚えて行こう。彼は自らの識別呼称音をくり返そうとした。
 「ミャォオォ…」
 これは厄介なことになった、とマシュウが感じた時、彼は"お腹すいた"の実質的な感覚を初体験した。
 
 宇宙船は、殆どの外装と大半のシステムが燃え尽きて、日本のどこかへ落ちて紛れてしまっていた。またもうひとつの流れ星、『ジェノサイド波動』のプローブも、燃え尽きこそしなかったものの、その機能を停止させたままどこかの地に落ちていった。
 
 数ヶ月後の晩夏、夫婦に娘が生まれた。あの夜のプレアデス星団の流れ星に因み、『スバル』と名付けられた。夫婦は無垢な愛情でこの赤子を包んだが、彼女が想いを理解出来る時はまだ先だ。今はただ、幸せだけがあった。この先、スバルに待ち受けている数奇な運命など、誰に分かるはずもなかった。
 無邪気に笑うスバルを見つめ、もう子猫ではなくなったマシュウが「ニャァアォ…」と一声、鳴いた。
第一章・終